活動報告

大田原マラソン 野澤 真 (2015/11/23)

草加走ろう会に入会して早や5年目。

入会した年のつくばマラソンでフルマラソンデビュー。しかも初フルでサブフォー(ちょっと自慢)。翌年の板橋cityでは3時間38分と着実に記録を伸ばしていき、サブ3・5はもうすぐだと簡単に考えていました。

ところが、そこからが怪我やトラブルとの闘いの始まりでした。

2012年の秋には、帰省中に参加した町内の運動会で徒競走を走っている時に転倒してしまい、右手首骨折。全然練習が出来なく、その年のつくばマラソンは、我がレース唯一の4時間オーバーでゴール。

情けなくて涙目でゴールしたことを覚えています。 さて、本題の大田原マラソンですが、例年つくばマラソンに出ていましたが、昨今のエントリー合戦に昨年負けてしまい、今年も負けたらどうしようと考えて、確実にエントリー出来る大田原に決めました。

27㎞手前ではGPSウォッチがフリーズしてしまい、ペースが分からなくなってしまいました。

それでもペースだけは知りたいと思い、やむなく途中でリセットを行い再起動。なんとかペースだけは分かるようになりました。

ふくらはぎの痙攣は徐々に酷くなり、カチカチに固くなってしまい、30㎞手前くらいからは、少し走っては痙攣のため止まり、ストレッチをするという繰り返しになりました。

ストレッチしながら何度も「クソッ!足よ、動け!」とつぶやいていたと思います。

前半の貯金が徐々に無くなっていく中、35㎞を過ぎても痙攣が治まらずサブ3・5は万事休すと真剣に思っていましたが、3・5のペーサーに追いつかれるまでは、少しでも前を進もうと走り出しました。 競技場に入り、あとトラック半周。いままでの思いが頭の中を駆け巡り、少しでも早くゴールしたい衝動に駆られました。

最後の直線に差し掛かるとゴール地点の電光掲示板が見えて3時間26分を刻んでいました。

そのまま残っている力を全て出してガッツポーズをしながらゴール。3時間26分57秒。

やった、やりました。とうとう念願のサブ3・5達成です。

3年間破れなかった殻をとうとう破ったという感情が一気に溢れてしまい、ゴール地点で感涙の為うずくまっていると、係員が近づいてきて「大丈夫ですか?」と声を掛けられましたが、すぐに立ち上がりゴールに一礼してトラックを後にしました。

やっと、やっと目標達成です。

いやー長かった、本当に長かった。

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